【活動報告】「勝つこと」と「愉しむこと」は共存できる。〜ルミナスが大切にし続ける『価値』〜

久しぶりのブログ投稿となります。 4月の開校以来、本当に多くの方々や地域・関係団体の皆様に支えられ、ここまで走り続けることができました。心より感謝申し上げます。

私たちはこれまで、「野球」「スポーツ」「教育」という軸をブレさせることなく活動を進めてまいりました。 きれいごとではなく、「今、目の前の子どもたちに自分たちは何を提供できているのか」「どんな価値を与えられているのか」を、スタッフ間で真剣に議論を重ねながら、日々のレッスンやイベントに向き合っています。

最近では、保護者の方から「ルミナスのおかげで子どもが大きく成長した」という温かいお言葉やメッセージをいただく機会も増えました。 ルミナスでの経験を通し、成長を感じてくれているお子さまや保護者様が一人でもいらっしゃるなら、この活動を始めて本当に良かったと、心の底から思っています。

私たちはこれからも、目の前の子どもたちに対する「価値」を何よりも大切にしながら活動を続けていきます。

「楽しむ」と「愉しむ」の違い

私たちが指導の中で何よりも大切にしているのは、「たのしむ」という言葉の捉え方です。

  • 「楽しむ」= 受動的な体験 与えられた環境や出来事、用意されたイベントを通じて、外から喜びや満足感をもらうこと。
  • 「愉しむ」= 能動的な姿勢 自分の意志と工夫によって、内側からじわじわと湧き上がる充実感や、知る喜びを感じること。

スポーツとは、本来「愉しむ」ものです。 目の前の課題に対して「どうやったらできるかな?」と自分で考え、工夫し、仲間と共に試行錯誤を繰り返す。その中で自分の成長を実感し、自らの意思で「勝ち」を目指していくこと。これこそが、スポーツの本当の面白さです。

「勝つこと」と「愉しむこと」は、なぜ離れてしまったのか

公認野球規則の第1章「試合の目的」(規則1.05)には、*『各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする』*と定められています。つまり、野球は本質的に「勝ちを目指す」スポーツです。

ですが、いつの間にか「勝つこと」と「愉しむこと」が別々に考えられるようになってしまいました。

「勝つためには、苦しい練習にひたすら耐えなければならない」 「勝つためには、楽しむ気持ちなんて捨てなければならない」

いつしか勝利は「楽しさをがまんしたご褒美」のようになり、野球をやること自体が「勝たなければいけない義務」になってしまってはいないでしょうか。

「我慢する野球」から、「工夫して勝ちにいく野球」へ

私たちは問いかけたいのです。「勝つために、何か大切なものを犠牲にしなければならない」というのは、本当にそうなのでしょうか。

「やらされる練習」に必死で耐える野球よりも、自分で考えて「どうすれば勝てるか」を試していく野球のほうが、子どもたちの力は間違いなく伸びていきます。

勝つことと、愉しむこと。 この2つは決して対立するものではありません。「勝つために仲間と工夫し、試行錯誤するプロセスそのものを愉しむ」という形で、しっかりと一つになれるはずです。

誰かに勝たされるのではなく、自分の意志で勝ちにいく。 ただ耐えるだけの練習から、自分の限界を超えていくワクワク感へ。

「勝つこと」の本当の愉しさを奪うことなく、子どもたちが自分の足でまっすぐ成長していける場所を、私たちはこれからも創り続けていきます。

子どもたちの未来のための「一つの選択肢」として

現在、地域には様々なチームやスクールがあり、それぞれが子どもたちのために素晴らしい取り組みをされています。そこに正解や間違いはなく、多様なあり方があって良いと思っています。私たちは他の団体様を否定する気持ちは一切ありません。

大切なのは、「子どもたちが最善を選べる選択肢が複数存在すること」です。

ルミナスが、子どもたちや保護者の皆様にとって「温かく明るい一つの選択肢」となれたら、これ以上嬉しいことはありません。

「ルミナス」という言葉の通り、関わるすべての人々の未来を明るく照らし、輝かせられる存在であり続けるため、これからもブレずに前進してまいります。

今後とも、ルミナスベースボールスクールをどうぞよろしくお願いいたします。

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